勇壮な金管と哀調を帯びた和楽器が奏でる旋律に合わせ、華麗に氷上を舞う。北京冬季五輪のフィギュアスケート男子で3連覇を狙う羽生結弦選手である
▼羽生選手はフリー演技に戦国武将上杉謙信を主人公にしたNHK大河ドラマ「天と地と」(1969年)のテーマ曲を使っている。大会後のインタビューなどで、謙信が戦に挑む際の姿勢や考え方、美学に影響を受けていると話している
▼上越市にあった春日山城を拠点とした謙信は、川中島で何度も戦った甲斐の武田信玄に塩を送ったとされる故事が有名だ。戦国時代で最も有名なライバル関係だが、信玄に対して尊敬の念も抱いていた
▼信玄が亡くなったとの知らせを受けたとき「さても残念のことなり。信玄をこそ英雄人傑と言う」と悼んだ。信玄の亡き後、武田軍が長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れた際も「今出陣すれば甲斐を全て取ることができるだろう。しかし、人の落ち目を見て攻め取るのは本意にあらず」と語ったとされる
▼羽生選手にとって最大のライバルは世界選手権3連覇のネーサン・チェン選手(米国)だろう。2人は謙信と信玄のように、お互いを認め、高め合ってきた間柄とも聞く
▼羽生選手はこの五輪で、誰も大会で成功したことがない超大技クワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑むことを公言している。男子フリーは10日。銀盤は川中島の様相だろうか。「越後の龍」のように羽生選手が力強く滑走し躍動する姿は世界の視線を集めるはずだ。