「フー、フーッ。ズズーッ、ズーッ!」。落語界初の人間国宝、5代目柳家小さんは演目「時そば」を得意にした。扇子をはしに、夜の屋台でそばを派手にすする。その所作は、笑いより拍手が起きる名人芸だった
▼ラーメンやそば、うどんなどを「すする」。それを私たちは当たり前と思っている。でも、欧米などでは、食のマナー違反ともされる。「ズルズル」の音が聞くに堪えないとして「ヌードルハラスメント」とまで言われると切ない
▼仏文学者の鹿島茂さんは、フランス語には「すする」という動詞がないと、随筆「人類はみな麺類か?」に書いている。レストランで女性がナイフとフォークでスパゲティを切り刻み、フォークの腹にのせて食べる光景に驚く。同時に、すする技術を知らない人々に少し同情する
▼麺をすすると、汁がよくなじむ。空気も一緒に吸い込むため、香りが口に広がる効果もある。「冷やし中華、始めました」。食堂で張り紙を目にする時季だ。氷で冷やしたそうめんも恋しい
▼インバウンド(訪日客)が急回復している。4月は195万人を記録、ウイルス禍以前の7割近くまで客足が戻った。円安もあり、日本は「旅したい国」のトップ級だ
▼農林中央金庫は先ごろ、訪日客を対象に日本食の調査をした。また訪れた際に食べたい日本食のトップはすし、フランス人は次に「ラーメン」を挙げた。さてしょうゆ味か、冷やしか、つけ麺か。上手なすすり方を教えてあげるのも「おもてなし」だろうか。