「ブナモヤシを食べてみませんか」。ブナの実から伸びた芽のことだ。知人に誘われ、福島県境に近い魚沼市大白川地域のブナ林に向かった。地面に顔を出した新芽はモヤシにそっくりだ
▼1本つまんでみるとモヤシより硬く、甘みもない。地元の方に尋ねると「食べないよ。もっとおいしい山菜があるから」とあっさり。伝統食と思い込んでいたが、肩すかしを食った
▼だが静寂の林に映える柔らかな葉色と、樹皮の独特のしま模様が心を満たしてくれた。均一に並ぶ木々も神秘的な雰囲気を際立たせている。この美林は50年前から続く大白川生産森林組合による間伐で造られた
▼かつてブナは薪や炭焼きの材料として需要があった。しかし燃料が石油やガスに切り替わり、人の手が入らなくなると細い若木が密集した。光が差し込まないと太い母樹が育たない。植林の主流だったスギは豪雪に弱いため、ブナを用材として管理する道を選んだ
▼間伐を始めた当初は木を切りすぎとの批判もあったが、結果的にそれが奏功したようだ。直径1メートル近い幹に育った今も専門家の指導を受け、葉が重ならないよう選別して伐採している
▼百年先を見据えたブナ林の再生は折り返し。用材の引き合いも増えた。現組合長の浅井守雄さんは「50年後に向けてバトンをつなぎたい」と語る。ブナモヤシは自然淘汰(とうた)され、母樹になるのは「数万分の一」だ。かつては人も住んだこの一帯は「山の神」地区と呼ばれる。人と神が出会う地だったのかもしれない。