夏目漱石の「草枕」の主人公は、詩と絵について考えた。「とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)ができる」

▼田上町の藤田郁美さん(39)が地元で開いた個展を見て、文豪の名文が頭に浮かんだ。どの作品も目尻が下がり、頰が真っ赤なお地蔵さんが筆ペンとクレヨンで描かれている。脇には短い詩が添えてある

▼「突破口。きっとある」と励ます詩。「すり傷も切り傷もいつかはちゃんと治る」と慰める詩。「なんにも考えない。そんな日って必要」と寄り添う詩もある

▼1人で育てる息子(12)が発達障害と診断されたのは2016年。スーパーの店内を走り回り、公園では友達とけんかを始めた。冷たい視線から逃れて誰もいない場所を探した。ある時は広い海を眺め、ある時は星空を見上げた

▼20年に新型ウイルスの感染が拡大すると、外出がままならなくなった。2人で家に閉じこもる日々。少しでも気持ちを明るくしようと、お地蔵さんを描き始めた。自分たちへの「応援歌」を作って詩にした。1年間で100点以上が出来上がった。つらい思いをしている人に届けようと作品集を自費出版すると500冊以上が売れた

▼「住みにくき煩(わずら)いを引き抜いて、有難(ありがた)い世界をまのあたりに写すのが詩である、画である」。草枕の主人公はさらに考えを巡らせた。住みにくい人の世を生きていれば、心の支えが必要となる日がきっとある。

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