「ポスト冷戦時代」という言葉がある。資本主義陣営と共産主義陣営がしのぎを削った冷戦が、ベルリンの壁やソ連の崩壊で終結した後の時代を指す。すなわち現在のことである

▼ポストとは「~の後の」を意味する語。現在が「冷戦の後」という妙な名だったのは、人々が冷戦は完全に終わり、この状態は変わらないと思いたかったからでは。科学史家の隠岐さや香さんは、少し前に本紙に寄せた論考でこんな見方を披露していた

▼隠岐さんはこうも記した。「だが、それは課題から目をそらし思考停止していただけだったのだ」。実際にはロシアがウクライナに侵攻し、時代は新冷戦とも言える様相を呈している

▼ほかに方法がないと思考停止していなかったか。長く女性として生活してきた性同一性障害の経済産業省職員が、省内で女性用トイレの使用を制限されたことを違法とした最高裁の判決に触れ、こんな思いを抱いた。経産省側は困難を抱える人を支える手だてをしっかり考えてこなかったのではないか

▼最高裁は「職員の具体的事情を踏まえることなく、同僚らへの配慮を過度に重視し、著しく妥当性を欠く」と結論づけた。個々のケースを踏まえ、人権が損なわれないように考えるべきだと促した

▼問題の解決は、誰かに我慢を強いることではない。ほかに手段がないと、考えることを放棄することでもない。思考停止から抜け出して、一緒に考えることから始めてはどうか。今回の判決からは、そんな思いが伝わってくる。

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