千円札をじっくりと眺めてみる。表面には野口英世の肖像。裏面は富士山とサクラ。髪の毛の一本一本や水面に映る逆さ富士が、精緻な絵柄で印刷されている
▼普段気にとめていなかったお札のデザインに関心を抱いたのは、新潟市で5月に開かれた先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議がきっかけだ。報道陣が集まるエリアの一画に、紙幣の製造などを担う国立印刷局がブースを出していた
▼展示されていたのは銀閣寺や熊本城などの版画。非常に細かい線で表現されており、版画と聞いて驚いた。手がけたのは国立印刷局の職員で、紙幣を印刷する際の原版作成などに携わる「工芸官」と呼ばれる技術者だという
▼工芸官の人数は公にはされていないが、いつ新紙幣の発行などがあっても対応できるよう幅広い年代の人が日々、作品づくりを通じて技術を磨いているそうだ。一人前になるには、約20年かかるともいわれるらしい。地道な鍛錬の積み重ねに頭が下がった
▼こうした技術の研さんに支えられて原版が作られた新紙幣が、2024年7月をめどに発行される。新たな顔は新1万円札が渋沢栄一、5千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎。偽造防止のすかしやホログラムも、最新の技術が導入される
▼キャッシュレス決済が広がり、お札が使われる場面は少しずつ減ってきた。とはいえ、お札が工芸官らの技術の結晶だと知ると、ありがたみもいっそう増してくる。そんな思いを抱き、現行のお札をまじまじと観察した。