美しい声でさえずるカナリアは、危険を察知するとすぐに鳴きやむ。かつて炭鉱労働者は、この小鳥を鳥かごに入れて地中深くの坑道を歩いた。暗いトンネルの中で鳥の様子に気を配り、酸欠や有毒ガスの発生をいち早く知ろうとした
▼28年前、オウム事件の教団施設への強制捜査でもカナリアが使われた。防毒マスクを着け、鳥かごを掲げて先頭を行く捜査員の姿が、強く印象に残っている。生物を使って毒性を判断するこうした手法はバイオアッセイと呼ばれ、広く用いられてきた
▼南魚沼市の畔地(あぜち)浄水場で「炭鉱のカナリア」となったのが魚のウグイだ。6月上旬、水質を監視するため飼っていた9匹が相次いで死んだことから、送水を止めた。これまで寿命などで死ぬことはあったが、一度に全部死んだのは初めてだという
▼浄水場はほかの水質検査の結果を待たずに、バイオアッセイを優先して直ちに運転を止めた。場内の水を入れ替え、外部機関による検査を経て、飲料水の供給を再開したのは22時間後だった
▼南魚沼市は2週間かけて集中的に検査し、浄水と処理前の原水に異常がないことを確認した。ウグイから農薬などの有害物質は検出されず、水槽に水を送る設備の不具合が原因の窒息死だったと後に分かる
▼今回は水質に問題はなく、ウグイが発したシグナルは空振りに終わった形だ。だが、彼らの警告を軽視するわけにはいかない。環境の悪化に鈍感な人間に比べ、生き物ははるかに多くを感じ取っているはずだから。