元号「令和」の選考過程では「天翔(てんしょう)」という案も一時有力になったという。万葉集に収められた山上憶良(やまのうえのおくら)の歌の一節にある「天翔(あまがけ)り」が典拠とされる

▼「天翔る」は、神や人の霊魂が天空を飛び走る様子を意味する。人の行為や姿勢に比喩的に用いることもあるが、この選手の姿はまさしく天翔るという言葉がぴったりだ。3回目の冬季五輪となった北京大会のスノーボード男子ハーフパイプで、ついに金メダルを獲得した村上市出身の平野歩夢選手である

▼高さ約7メートルの雪の壁から、さらに5メートル以上飛び出す。重力から逃れたかのように縦横に回転しながら何度も宙を舞った。さながら閃光(せんこう)を発して飛ぶ彗星(すいせい)である

▼極めつきは最高難度の「トリプルコーク1440」だ。軸をずらしながら縦に3回転、横に4回転する。素人には何が起きたのか瞬時には理解できない。それでも、何かとてつもないことが起きていることが伝わってきた。この超大技を五輪で初めて成功させた

▼その難しさはすさまじい。空中での高さや回転の速度をはじめ、多くの要素が求められる。「ちょっとでも欠けると、死に関わるぐらいの紙一重な技」。平野選手はこう話す。はたから見ていても背筋が凍るような技術だ

▼金メダル獲得を決めた後の笑顔は涼しげだった。その影でどれほどの努力を積み重ねてきたのか。わずか半年前にはスケートボードで夏季五輪に出ていた。神業を繰り出しながら天翔るアスリートは、人間の限界をまた一つ飛び越えてみせた。

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