5月に広島市で開かれたG7サミットでは、各国首脳がそろって原爆資料館を訪れたことが話題になった。悲劇の現場を訪れ、負の歴史を受け継ごうとする「ダークツーリズム」の一例といえるだろう
▼ダークツーリズムの観点からいえば、当然の措置ではないか。「水俣病の原点」とされ、有害な工業用水が排出された熊本県水俣市の「百間(ひゃっけん)排水口」の樋門(ひもん)について、県と市は老朽化を理由にした撤去方針を転換し、一部を複製して現地保存する構想を明らかにした
▼当初は腐食が進んで崩落の恐れがあるとして、樋門の木製ゲート4基とコンクリート製の足場を撤去することにしていた。これに対し、被害の実相を伝える重要な遺構だとして複数の水俣病患者団体やノンフィクション作家の柳田邦男さんら識者から、保存を求める声が上がっていた
▼一部を複製する保存方法などについては、なお疑問の声がある。ただ、撤去方針が撤回されたのは保存に向けて前進したと言っていいだろう。行政側は患者団体などと意見交換しながら具体的な保存方法を決めるという
▼水俣市をはじめ、水俣病が発生した地域は国内のダークツーリズムとしては先進地として知られる。この言葉が世に知られる以前から多くの人が訪れ、公害問題について学んできた
▼本県でも新潟水俣病や各種の自然災害、佐渡の鉱山で働いた労働者の歴史など、題材になるものは多い。悲しみの記憶に光を当てることは本県への旅をより奥深いものにするのではないか。