晩飯前になると「西洋手拭の大きなやつ」をぶら下げて近くの温泉に行く。いわく「何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」。夏目漱石の小説「坊っちゃん」の主人公は大の風呂好きである
▼ぶら下げていたのは、今ならフェースタオルのようなものか。タオルは1872年に英国から初めて輸入された。日本古来の手拭いよりも厚手で柔らかい。一部の紳士は襟巻きとして愛用したという
▼「坊っちゃん」の発表は1906年。その頃には国産のタオル力織機が登場する。以後、暮らしの必需品として進化を遂げた。店先にはさまざまな商品が並ぶ。近年はスポーツの応援グッズとしても定着した
▼温泉とまでは欲張らないが、汗をかいた後にひとっ風呂浴びる爽快感はたまらない。ほてった体を拭くのが肌触りの良いタオルであれば、もっといい。ブームのサウナのように「ととのった」至福の境地に近づく
▼親譲りの無鉄砲である「坊っちゃん」は湯に漬かって疲れを癒やすと思いきや、人がいないのを見計らっては存分に泳ぎ回った。挙げ句には湯の中で泳ぐべからずと注意書きが貼り出される。その一件がどこでどう伝わったのか、教え子にもからかわれてしまう
▼今の世でも銭湯で幼子が大人の制止も聞かずプールよろしくはしゃいでいるのを目にした。〈突進の裸子つつむバスタオル〉北野武司。連日の猛暑、広い湯船に人影もまばらとくれば、かの主人公や幼子ならずともマナー違反の誘惑にかられる。