古き良き東京、とりわけ青山、渋谷、麻布かいわいのかつての姿を、作詞家の松本隆さんはこう呼んだ。「風街」。自由で心地よい風が吹くような街並み、とでもいう意味だろうか
▼バンド「はっぴいえんど」時代に作詞した名曲に「風をあつめて」がある。その背景には、1964年の東京五輪の大規模開発により、少年時代に慣れ親しんだ街が消えてしまったことへの郷愁があるという
▼すっかり姿を変えてしまった風街にあって、以前とさほど変わっていないだろう場所がある。明治神宮外苑だ。国立競技場こそ2度目の東京五輪を機に建て替えられたが、イチョウ並木をはじめとする苑内のたたずまいはずっと受け継がれてきた
▼そんな一帯が、再開発を巡って揺れている。計画では高層ビルが新設され健康状態が良好な樹木も一定数が伐採される。イチョウ並木は残されるとはいえ、市民から疑問の声が上がる。作家の村上春樹さんや3月に死去した音楽家の坂本龍一さんも反対した
▼上京した折、苑内に足を踏み入れた。酷暑の中だったが、日差しを遮る木陰がありがたい。木々の間をすり抜けた風が汗ばんだ肌をなでていく。見上げれば、青い空が広がっていた。歳月に育まれた心地いい空間があった。風街の名残ともいえようか
▼時間の積み重ねが、お金では買えない価値を生み出すことを実感する。東京をうらやましく感じるのは、街にこうした場所があることだ。スクラップ・アンド・ビルドだけが、まちづくりではない。