6月の国内宿泊者数が感染禍前の2019年の同月を上回ったという。近ごろは、制限なしで完全復活した祭りや屋外コンサートがめじろ押し。多くのニュースに「4年ぶり」の見出しが躍る

▼感染禍で3年間も故郷に帰れなかった地方出身の家族が、都会にはどれほどいるだろう。〈子も孫もついに帰らず買い置きの手花火点(とも)すコロナ禍の盆〉石田俊郎。一昨年、本紙文芸欄に載った短歌だ。妙高市のこの作者は去年も、帰省できない孫に夫婦で点した花火の動画を送ったという歌を詠んでいる

▼夏の風物詩である花火の国内生産額は、19年の66億円から20年には28億円に激減した。おもちゃの一種である手花火といえば、その代表格は江戸期に生まれた線香花火だろうか

▼物理学者で随筆家の寺田寅彦は、この花火をこよなく愛した。「一本の燃え方には、『序破急』があり『起承転結』があり、詩があり音楽がある」

▼随筆「備忘録」にこう書いて、燃え方が変容していく現象がどんな作用によって起こるのか研究するよう周囲に勧めた。同時に、小さな火球がぽとりと落ちる寸前の光景を「散り菊」と呼んでいた故郷の母を懐かしんでいる

▼大輪の打ち上げ花火に、世界平和を祈る人がいる。久しぶりに集まり、線香花火で絆を確かめる家族もあるだろう。お盆前後、家々の裏庭からは線香花火を囲む歓声が聞こえてくるかもしれない。「大きくなったなあ」。4年ぶりに帰省した孫たちに目を細める、祖父母の姿が目に浮かぶようだ。

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