「お見立て」や「品川心中」「紙入れ」「後生うなぎ」「坊主の遊び」と言えば、戦時中に演じることを自粛した、いわゆる「禁演落語」の演目だ
▼禁じられたのは53演目。「戦時にふさわしくないもの」に対し国が検閲の目を光らせるようになり、落語界の幹部らが自ら検討して選んだ。都内の寺の境内に塚を建て、台本を納めて話すことを封印した。太平洋戦争開戦を前にした1941年10月のことだ
▼遊郭や浮気、下ネタなどを扱った演目が対象になったという。筆者が大好きな「目薬」や「蛙(かわず)茶番」など紙面で紹介するのがはばかられるような、下品でばかげた落ちで終わる演目も含まれている
▼当時は「えー、毎度ばかばかしい話を一席…」では済まされなかったのだろう。一方で「出征祝」など、戦意高揚を目的に創られた「国策落語」なるものも登場した。お笑いの世界も、戦時下の重い空気にどっぷり覆われていたことが分かる
▼53演目の中には「どうして?」と思えるものもある。「子別れ」は浮気の場面が出てくるが、最後は子どものおかげで夫婦が仲直りする人情話だ。落ちも絶妙で、古典落語の名作なのだが
▼53の台本を納めた塚の近くにある浅草演芸ホールでは、今月下旬の夜の部で「禁演落語の会」が催され、かつて自粛した演目が話される。当時のことを忘れまいと恒例行事になった。たとえ会場に足を運べなくても、CDなどに頼る手もある。戦時中は聴けなかった落語で大笑いできるありがたみを感じたい。