ちょっと大げさに言うなら、それは「革命」だった。北京五輪の熱戦を見ながら、コペルニクス的転回を身近で実感した40年近く前のことを思い出す

▼中学卒業までクロスカントリースキーに親しんでいた。北京五輪では本県の宮沢大志選手と児玉美希選手が奮闘しているが、当時はクラシカルとフリーという種目の区分などなかった。コースの溝に沿って足を左右交互に突き出す、パスカングという滑り方があくまで基本だった。今で言うクラシカル走法だ

▼「革命」は人づてに聞いた。一線の選手はパスカングをしなくなったという。「そんなのあり?」である。コーナリングなどで用いていたスケーティングでレースを走りきり、グリップを効かせるワックスも塗らないのだという。考えもしないことだった

▼国内では、サラエボ五輪代表の中沢祐政選手が、1985年の大会で披露したのが最初ともいわれる。インターネットでレースの動画を見つけたが、一人だけスケーティングで坂を上る中沢選手の姿は異様でもあった

▼その後、スピードに勝るスケーティング走法が当たり前になり、旧来の走法を存続させるためにクラシカル種目ができた。ものごとが根本から変わってしまうこともあるのだと、今も強く印象に残る

▼前例にとらわれたくはないが、常識が常識でなくなることを受け入れるにはエネルギーもいる。それを悲劇だと憂うか、チャンスと感じるか。加速する社会のデジタル化を前に、身をすくめるわが身を振り返る。

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