妻帯を何度勧めても、取り合わない大工の男がいた。「お千代」と名付けた雌猫をかわいがるばかりで、一向に所帯を持とうとしない。たまりかねた棟梁は「今度はゆるさねえ。とびきり上等の女を見つけてきてやった」と迫る

▼池波正太郎の短編「お千代」の一場面である。この作品を含め時代小説には、何かにつけて面倒を見ようとする「世話焼き」が頻繁に登場する。時には程度が過ぎて、手を差し伸べられる側にとっては迷惑なこともあるのはご愛嬌か

▼庶民の支え合いを象徴する存在だった。人間関係や人情が濃いことの表れであったのだろう。昭和の頃までは、そんな世話好きの人が周囲に必ず一人はいたような気がする。結婚や就職など人々の節目で、重要な役割を果たすことが多々あったはずだ

▼近ごろは行政公認の「世話焼き人」がいるという。県は結婚支援の一環として、地域住民が人脈を生かして仲立ちをする制度に取り組む。現在は県内各地で11人が活動している。知り合いの独身者を引き合わせるほか、結婚を望む人からの相談に乗ったり、アドバイスをしたりする

▼今や少子化対策として、行政がこぞって結婚支援に乗り出す時代である。かつての世話焼きの中にはおせっかいが過ぎる人もいただろうが、今では結婚願望を抱く人にとって心強い存在かもしれない

▼価値観が多様化する中で、昔のように「いい人がいる」という勧め方だけでは、そうそう結婚には至るまい。現代の世話焼きさん、腕の見せ所です。

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