「米びつの舌出し」。この世の怖いものとしてこんな言葉が本県に伝わるという。台所でコメを蓄えておく入れ物の底が見え始める。つまり主食が尽きる生活不安の前触れである
▼先日報じられた全国世論調査では、厳しい暮らしぶりを訴える声が増えている。2年前の岸田文雄政権発足前に比べ、家計が「苦しくなった」は「やや」も含め57%と、昨年同時期より15ポイントも増えた
▼今年の春闘は大手企業の賃上げ率が31年ぶりの高さという。だが庶民の多くは物価高騰にあえぎ、食料品や光熱費などの支出が増えて生活不安が膨らむ。岸田首相は物価高対策などを柱とする経済対策を打ち出す構えだが、例によって財源をどう確保するかが課題となる
▼全国一のコメ産地である本県の農家は、さらに身の細る思いだろう。夏の炎天と渇水で県産コシヒカリの1等米比率が大幅に低下している。27日現在、わずか1・6%にとどまる。過去最低となる可能性が高まった。3等米の仮渡し金を増額する動きもあるが、農家の収入が心配だ
▼ただ、等級と食味は別物。「味で勝負」の県産米の底力を示したい。「いつも月夜に米の飯」という。毎晩明るい月の下でご飯が食べられる…不自由のない満足な暮らしを意味する慣用句だ
▼灯火や白米がぜいたくだった昔を思う。きらびやかな暮らしでなくても、気楽な日々を過ごせるのならありがたい。きのうは中秋の名月だった。暮らしの心配は尽きないが、せめて新米を楽しむ幸せをかみしめられれば。