世界が未知のウイルスの脅威にさらされる中、2人による基礎的な研究が多くの人命を救うことにつながった。人類に対する大きな貢献を称賛したい。
今年のノーベル生理学・医学賞が、米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授に贈られる。
両氏の研究は「メッセンジャーRNA(mRNA)」と呼ばれる遺伝物質を使った新型コロナウイルスワクチン開発に道を開いた。
ワクチン開発は時間がかかり、通常なら10年は必要とされる。カリコ氏らの基礎的な技術開発の蓄積が、感染流行から約1年という短期間での実用化に結びついたことが評価された。
今後、別の感染症による世界的流行(パンデミック)が起きても、この画期的な技術で備えることができると期待したい。
mRNAを利用したワクチンは1990年ごろから開発が進んだが、体内で分解されやすく、炎症などの強い免疫反応を引き起こす懸念があった。
カリコ氏らは2005年、体内に入れても免疫反応を起こさないようにするmRNAの操作法を発見、論文に発表した。
この技術を基に、ドイツのバイオ企業ビオンテックが20年、米製薬大手ファイザーと新型ウイルスワクチンを共同開発した。
米モデルナ社も続き、有効性が確認された後、各国に普及した。現在は複数の派生型に対応したワクチンが実用化している。
英大学チームは、ワクチン接種によって20年12月~21年12月に世界で約2千万人の死亡を防ぐことができたと推計している。目に見える功績だといえる。
迅速に開発できた背景には、米国などが強力に開発を後押ししたことがある。米政府機関は21年までに、治療薬やワクチン開発に160億ドル、現在のレートで2兆円以上もの巨費を充てた。
一方、日本の出遅れ感は否めず、国産ワクチンが初承認された今年8月には既に国民の大半が欧米のワクチンを打っていた。
海外では、ワクチン開発は安全保障の観点から重視される。日本でも基礎的研究や人材育成に対する国の積極的な支援を求めたい。
ワクチン開発には日本人研究者も重要な役割を果たした。新潟薬科大客員教授で昨年死去した古市泰宏氏は1970年代、mRNAを細胞内で安定させる「キャップ」という構造を発見した。
カリコ氏は研究が理解されず、大学で降格を言い渡されても基礎的研究を積み重ねた。2005年の論文レビューを担当した日本の大学教授は「継続は力なりという言葉の典型例だ」とたたえる。
人類が存亡の危機を乗り越え、発展してきた過程には、多くの科学者の地道な努力があることを心に深く刻みたい。
