南魚沼市の八海山は、標高1778メートルのピーク入道岳や大日岳などの岩峰群が形づくる雄大な景観が魅力だ。「八ツ峰」の名もよく知られている

▼古くから修験道の場となり、霊峰と呼ばれ信仰の対象となってきた。山頂付近の岩峰群の姿は荒々しく、かつ神秘的で、まさに神々の座と呼ぶにふさわしい。いにしえの行者はこの場所に足を踏み入れ、悟りを得ようと命懸けの修業に励んだ

▼現代の登山者にとっても、かなりの難所だ。鎖に頼って崖を移動する「鎖場」が多く、足を滑らせれば命にかかわる事故となる。装備の面でも技術の面でも相当の水準を要求される。それゆえに多くの人を引きつけるのかもしれない

▼将棋界の八ツ峰を踏破した。そう言いたくなる。藤井聡太さんが、史上初めて八大タイトルを独占した。誰も成し遂げていない業績を新聞表記では「前人未到」と書くが、今回は「未踏」の字を当てたくなる。未踏の難所をついに突破した

▼休む間もなく、今月17、18日には竜王戦の第2局がある。タイトル戦のスケジュールは年間を通じてびっしりで、息をつく暇もない。どの世界も、タイトルは奪うよりも守る方が難しいという。これからも過酷な道が続く

▼ただ師匠の杉本昌隆八段によると、本人は記録にはあまり関心がないという。どこまで高みに行けるのか、将棋を極められるかに目が向いているようだ。その姿を見たライバルたちも目の色を変えるはず。将棋界の八ツ峰は、さらなる威容を放つのではないか。

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