佐渡に住んでいても、そうそうトキが見られるわけではない。それでも田園地帯を運転していて空を舞う姿に遭遇すると「今日はいい日になりそう」と心が浮き立つ。遠目にも薄紅色の翼が美しい
▼1995年、佐渡トキ保護センターで飼育されていた雄の「ミドリ」が死に、残るは雌の「キン」だけになった。国産最後の個体である。仲間がいなくなり、自分だけが取り残された…。わが身がその立場だったらと想像し、悲しくなったことを覚えている。もちろん、キンは淡々とした様子で暮らしていたのだが
▼2003年にはキンも死んだ。国産のトキは絶滅したが、その4年前には中国からやって来たペアの繁殖に成功した。その後も人工増殖を進め、08年9月には飼育下で生まれた個体を野生に放つ「放鳥」にこぎ着けた
▼初放鳥から15年。野生下の個体は順調に増え、500羽を超えた。佐渡市のトキの森公園では写真展「キンちゃん没後20年とトキ放鳥の歩み」が11月末まで開かれており、増殖の道のりを振り返ることができる
▼増えるに従い、場所によっては生息数が過密になり、感染症などの懸念も高まってきた。環境省は佐渡以外にも生息域を広げようと、26年度以降に本州で放鳥することを目指す。石川や島根の一部が名乗りを上げている
▼佐渡の空を飛ぶ姿を見つけると、しばし時を忘れて見入る。かつてはキンもこうして飛んでいたに違いない。いずれは佐渡以外の地域とも、この光景を分かち合えるようになるのか。