里山で草やぶに入り込んだ際、植物のつるが足にまとわりついて閉口することがある。こうした「つる性植物」を、先人は「葛(かずら)」とか「藤(ふじ)」と呼んだ

▼ほかの樹木に巻き付くなどして複雑に絡み合い、もつれ合うようにして伸びる。そこから、人と人との関係がもつれたり、心の中で相反する感情が絡み合ったりすることを「葛藤」と表すようになった

▼深く思い悩む葛藤がついて回る医療がある。法律に基づく脳死判定を経た臓器提供である。日本臓器移植ネットワークによると、先ごろ累計千件目の脳死判定があった。脳死になった人の家族らは、臓器提供の選択肢を示された場合、承諾するかどうかの決断を迫られる

▼先日の紙面に、脳死と判定された10代女児の家族のコメントが載っていた。胸の内の葛藤をこんな言葉にしている。「親が子供との別れの日を決めなくてはいけないという重圧」。悩んだ末に、何人もの命を助けられるのであればと決断したという

▼人口100万人当たりの脳死臓器提供数について、本県は19・3件と最多だった。医療関係者が体制整備や理解促進に取り組んできたことが大きいという。この件数の背後には、大切な人と別れねばならない中で重い決断をした家族らがいたことを忘れたくない

▼臓器提供で誰かの命を救う行為は尊い。しかし、提供の方向に誘導するようなことがあってはならない。決断を迫られる家族らを支える仕組みも欠かせない。常に葛藤を伴う医療、それが脳死臓器提供である。

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