「私は今、心の故郷へ帰って、心の統一を取り返さうと思ふ」。「都の西北」と歌い出す早稲田大学校歌や童謡「春よ来い」を作詞した相馬御風は歌人、批評家、書家の顔も持つ多芸多才の人だった

▼文壇の寵児(ちょうじ)の立場を投げ捨て、ふるさとの糸魚川市に帰ったのは、まだ32歳の1916年。亡くなる66歳まで生家で健筆を振るった。冒頭の一文は帰郷に際して書いた「還元録」の結びだ

▼「還元」を辞書で引けば「根源に復帰させること」「元に戻すこと」などとある。御風は華やいだ都会よりも「元に還(かえ)ること」を選んだ。自然の移ろいに歩調を合わせ、平凡ではあるが力強い生活こそ人間性を回復する道と信じた

▼敬愛した良寛のように、貧しい農民ら庶民と喜怒哀楽をともにする暮らしの中に豊かさを見つけたのだろう。では今秋、この国のリーダーが幾度も繰り返した「還元」の心はどうか。2022年度までの2年間に増えた税収を減税の形で還元すると述べた

▼国民1人当たり4万円の減税というが、世論調査では6割以上が評価せず、内閣支持率は危険水域とされる3割を切った。税収が増えた分のお金は、とっくに国債償還などに使われていたことも明らかになった

▼国債など国の借金は1200兆円を突破し、1人当たり1千万円を超えた。財政危機が深刻化する中、借金を膨らませて減税するというのか。チラシの客寄せ文句「利益還元セール」と同じような軽さで「税収還元」が響く。納得できる説明はまだ聞けない。

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