本県と同じ嘆息を岩手県で聞いた。鮭の姿がちっとも見られないのだという。盛岡市街を流れる中津川沿いを案内してもらったときだった。暴れたこともある川だが、いまは穏やかに落ち葉を運んでいる
▼川辺はふかふかの草が覆い、誰が置いたのか椅子があって、いくらでも時間をつぶせそうだ。人々が橋の上から鮭を探すのが恒例だが、魚影がないので今年は違う。代わりに川沿いを歩く人が目立つようになったという
▼ニューヨーク・タイムズ紙が「2023年に訪ねるべき世界の52カ所」として盛岡を取り上げたからだ。地元の観光関係者にとっても驚きだった。なぜ選ばれたのかよく分からない。戸惑いを口にする人もいる
▼どうやら歩いて心地良い街であることが評価されたようだ。確かに歩けば、歴史を感じさせる城跡の石垣があり、蔵があり、ほどよい日陰がある。米紙の紹介は、それが観光資源であることに気付く契機になった
▼歩いてみて分かることがもう一つあった。選ばれたからといって浮かれた感じがないのだ。そういえば岩手県出身の大谷翔平選手があれだけ活躍しているのに、あやかった観光宣伝も見かけない。それが県民の性分だと教えてくれる人もいた
▼盛岡で観光に携わる人によると、あからさまにやるのは品がないし、そもそも派手なことに慣れていない。世界で評価されたことは皆、心の中で「こっそり喜んでいるはず」という。控えめこそ美しいのだ。その謙虚さが人を引きつけるのかもしれない。