「生命とは」「正義とは」。幼い頃から、読むたびにこう問いかけられるような気がしていた。“漫画の神様”手塚治虫の代表作の一つ「ブラック・ジャック」である

▼無免許の天才外科医が驚異的な技術で患者の命を救う。冷酷な振る舞いをしたかと思えば、慈愛に満ちた表情を見せることもある。医術は何のためにあるのかと悩み、葛藤することもある。その姿は極めて人間的だ

▼その新作が、人工知能(AI)の力を借りて完成した。過去の手塚作品を学習したAIがストーリーや人物デザインの原案を作り、人間のスタッフが練り上げてシナリオと絵を完成させた。いわば、コンピュータープログラムと人間の共作である

▼体のほとんどを人工臓器に置き換えられた患者を巡り、物語は進む。カギとなる「人工心臓」のアイデアは、AIが出力したという。劇中では医療現場でもAIが活用されるなど、現代を意識した設定になった。一方で、手塚作品の核である「命の尊厳」というテーマは健在だ

▼新作を読みながら思った。小欄の原稿もAIに書かせることはできるはず。過去の記事を学習させ、最近の紙面などを参考にすればAI任せで執筆することも可能だろう

▼と言いつつ、以前に読者からいただいた声を思い出す。小欄の原稿は記者が苦しみながら作り上げたものだろうからAIは使ってほしくない、とあった。お察しの通り、人間が呻吟(しんぎん)しつつ書いています。当面、AIの助力という誘惑は頭から追いやることにしたい。

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