医師で作家の鎌田実さんはいま75歳。ベストセラー「がんばらない」の著者として知られるが、チェルノブイリ原発事故の被ばく者救済や中東の難民支援など平和運動にも精力的に取り組む
▼その鎌田さんが学生結婚した妻にこっぴどく怒られたことがあると随筆に書いている。結婚25年目を迎えても、新婚旅行はいつか海外へという約束が果たされていなかったからだ。ちょうどチェルノブイリ行きを控えていた。同伴を提案するが、妻の機嫌は直らない
▼ではエルミタージュ美術館やポーランドの古都も巡ろう。そうなだめて旅立った。アウシュビッツ強制収容所も訪れた。ナチス・ドイツがユダヤ人数百万人を虐殺した、ホロコーストを象徴する地である
▼実はアウシュビッツ訪問の計画は妻に話していなかった。しかし最後は妻の言葉に救われる。チェルノブイリもアウシュビッツも「来てよかった。二度と起きないようにしないと」。「新婚旅行」は、人間の尊厳や人権について考える旅になった
▼1948年12月10日、自由と平等を誓った世界人権宣言が国連で採択された。日本では、きょうから10日までの1週間が人権週間だ。ことしは世界の人権状況がいっそう悪化した年になった
▼チェルノブイリがあるウクライナはロシアの侵攻を受け続けている。アウシュビッツの悪夢を経験したユダヤ人らが建国したイスラエルと対峙(たいじ)するパレスチナ自治区ガザでは人道危機が深刻化した。まずは銃声のない暮らしを取り戻さなければ。