ちょうど10年前、里に初雪が降った頃だった。中越地方の雪深い山間地の小さな集落で、91歳の男性がひっそりと自ら命を絶った。当時の取材メモを見直してみる

▼奥さんが施設に入所して以来、男性は1人暮らしだった。市の介護予防事業に参加し、ヘルパーや民生委員の訪問も受けていた。冗談を言っては人を笑わせる明るい性格だった

▼一方で時折、近しい人には不安を吐露するようになっていた。「この冬は1人じゃ耐えられねえ」「雪が降るとさぶくて寂しい」「俺の敵は雪だ」。雪に閉ざされる日々を目前にした寂寥感がにじむ

▼男性はコンロやこたつをつけっぱなしで忘れることもあり、部屋のあちこちに「火の元点検」「薬の飲み忘れ注意」などの張り紙をしていた。施設に入所を切望していたが、なかなか実現せず「俺は中途半端に達者で行ぐどこがねえ」と口にしていた

▼離れて暮らす子どもたちには絶対迷惑をかけたくないと、かたくなだった。数年前から、墓を平場の寺に移し、永代供養の手続きもし、戒名の案まで考えていた。隣の住民は「田んぼは人に託し、施設に入って家も壊すと言っていた。何でも自分で始末を付けようとしていた」と語った

▼豪雪地で暮らすリスクが少子高齢化や人口減による過疎で生じる切実さに輪をかける。でも、私たちはこの地で生きていく。男性にも他に取り得る選択肢がきっとあった。残された親族は頼ってほしかったのではないか。ずっと無念を抱え続けているのではないか。

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