「ミスをしないのは何もしない人間だけだ」。20世紀初頭に米国大統領を務めたセオドア・ルーズベルトの言葉と伝えられる。失敗を恐れるなという教えだろうが、意地悪く解釈すれば「何もしなければミスは起きない」と曲解することもできようか

▼さほどしゃべらなければ失敗はない-。こんな風にでも考えていたのかと勘ぐりたくなった。岸田文雄内閣の官房長官を務めてきた松野博一さんだ。連日、政権のスポークスマンとして記者会見に臨んでいたが、重要な局面では詳しい説明を避ける場面が目立った

▼良く言えば失言することもなく手堅い。しかし実際は、ひたすら安全運転に徹しているように見えた。「政治家は言葉が命」と言われるが、この人の言葉からは何かを理解してもらおうという熱がなかなか伝わってこなかった

▼むしろ追及をかわすことが仕事と考えていたような節もある。言葉を発しても、状況や人の心を動かす作用はもたらさなかった。内閣支持率が低迷した一因は、こうした姿にもあったのではないか

▼自身に疑惑が持ち上がると、そうした姿勢はいっそう顕著になった。政治資金パーティーを巡る裏金疑惑について、会見でも国会でも「お答えを差し控える」をひたすら繰り返した。合理的な説明ができないからだと受け取られてもやむを得ない

▼政権の要である官房長官がまさしく立ち往生する事態に陥った。疑惑はほかの政権幹部にも広がりを見せている。政権に吹く逆風は大嵐の様相を見せ始めた。

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