渡り鳥のチドリは、人間の世界では酒と縁がある。狂言「千鳥」は、酒屋への支払いが滞っている主人から、さらにツケ買いをしてくるよう命じられた太郎冠者と酒屋のやりとりをユーモラスに描く

▼「千鳥足」といえば、酒に酔ってふらふらと歩く様子を指す。その語源について大槻文彦が編んだ国語辞典「大言海」は、3本指のチドリの歩き方が乱れる様子から付けられたなどと説明している

▼新型ウイルス感染症が5類に移行して初めての忘年会シーズンを迎えた。ネオンまたたく師走の街に、この時期らしい喧噪(けんそう)が戻ってきた。頰を赤らめ、熟柿(じゅくし)を思わせる息を漂わせる人もいる

▼以前ほど千鳥足のご仁を見なくなったのは気のせいではあるまい。感染禍の自粛ムードの影響が残っているのか。制約がなくなったとはいえ、全県にインフルエンザの警報も出ている。油断はならない。1次会のお開きとともに早足で家路につく人も少なくない

▼チドリは敵が巣に近づくと羽をばたつかせ、はうようなしぐさをすることがある。「擬傷」といい、関心を自分に向けて子を守る。これも一種の「千鳥足」か。それとも、献身的な動きを酔歩の形容に当てるのは不適切だろうか

▼首尾よく酒を持ち帰ったら最初に飲ませてやろう-。狂言の千鳥の主人は太郎冠者に持ちかける。アルコール離れが進む今、こんな誘いに乗る人がどれだけいるか。渡り鳥のような店から店へのはしごもほどほどに。忍び足のご帰還とならない程度の自制が必要だ。

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