亡妻の名は「容子」といった。〈容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする〉

▼作家の城山三郎さんが妻への思いをたどった回想録の一節だ。「そうか、もう君はいないのか」。このつぶやきをタイトルに採って出版された。愛する人の死後、どうしようもなく喪失感が湧き上がる。そんな胸中に多くの人が共感した

▼15年前のベストセラーを読み返した。きっかけは本紙に載った小さな記事だった。損保会社の調査で、ペットを亡くした人や家族らが喪失感に襲われる「ペットロス」を経験した割合が62・3%に上ったと伝えていた

▼人間と動物を同列に扱うとは、とお叱りを受けるかもしれない。ただ、ペットを家族とみなして日々を過ごす人は多い。そうした人にしてみれば、人間の家族と同じような喪失感を抱えるのも当然なのだろう

▼くだんの調査では、ペットロスの症状として「突然悲しくなり涙が止まらなくなった」「疲労感や虚脱感、無気力、めまい」といったケースが目立った。人間の場合と変わりはなさそうだ

▼私事だが、小欄に「わが相棒」と称して登場させたこともある老犬を亡くして半年になる。朝起きても散歩に出ることはなくなった。冷蔵庫を開けるといつも飛んできた足音は聞こえてこない。ふと作家と同じ言葉をつぶやく。「そうか、もう君はいないのか」

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