ことしも多くの訃報に接した。印象深いのは先月96歳で亡くなった俳優の鈴木瑞穂さんだ。名脇役として知られた。顔を見れば「ああ、あの人」という方も多いだろう

▼親と子の絆を描いた映画「鬼畜」では、眼光鋭い刑事を演じた。幼い息子をあやめようとした主人公の男を、徹底的に追及する。シャツの袖をまくり上げた、鬼気迫る演技が心に残る

▼「戦争と人間」「地の群れ」「白い巨塔」…。日本を代表する映画に数多く出演した。洋画の吹き替えでも存在感を見せた。「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーや「ゴッドファーザー」のヴィトー・コルレオーネ。独特の重量感ある声を響かせた

▼根っからの軍国少年だったという。戦時中は広島・江田島の海軍兵学校で学び、原爆投下を目の当たりにした。ズーンという地鳴り、ダークオレンジの炎とキノコ雲。風に乗り死臭が漂ってきた

▼手こぎ船で救援に向かった水兵が次々に戻ってきた。港が死体で埋まり、オールがこげないからだった。この世のものとは思えぬ悲惨な光景に「人間がここまで人間をおとしめることができるのか!」と日記につづった。後のインタビューで回想している

▼護憲や平和について度々発言したのは原爆への深い憤りからだろう。唯一の戦争被爆国なのに、日本は先日の核兵器禁止条約の会議にオブザーバー参加もしなかった。「この国の為政者は歴史に学ばず未来への想像力を欠いている」。時に主役をしのぐ存在感を発揮した人の言葉が重い。

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