ある医師の回想だ。父は結核を患った影響で酸素吸入が必要だった。1995年の阪神大震災に遭遇した際、近所の避難所はちりやほこりが舞っていて、呼吸器に不安がある身には厳しい環境だった。このため、父の故郷である四国に避難させた

▼一安心していたが、父は四国の病院で心不全を起こして亡くなった。なぜこんなことに。考えを巡らせた。そういえば四国に向かう前、こう言っていた。「ちょっと足が腫れとるんや」

▼医師は悔やんだ。自分は脳や神経を専門にしていたが、患者の全身を診る経験があったら、むくみを心不全の兆候だと気づいたはずだ-。ノンフィクションライター山川徹さんが著書「ドキュメント災害関連死 最期の声」に書いていた

▼被災による直接の死亡ではなく、その後にけがの悪化や心身の負担による疾病で亡くなる人がいる。阪神大震災では直接死以外にも多くの関連死があったとされる。2004年の中越地震では死者68人のうち52人がそうだった。16年の熊本地震では直接死の4倍を超える200人以上が命を落とした

▼能登の被災地でも関連死とみられるケースが生じた。被災者は過酷な状況に置かれている。生活環境を改善するため、被災していない地域に移る「広域避難」などの対策はもとより、健康悪化の兆しを見逃さないケアも欠かせない

▼避難生活や暮らし再建。長い道のりが被災者を待ち受けている。それは、発災直後の惨禍をくぐり抜けた命を今後とも守り抜く闘いでもある。

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