政治権力のありようや公共の問題などについて批判を含めて自由に論じることは、民主主義社会の基盤だと結論付けた。当然の判決といえる。

 専制国家による言論の圧殺がはびこる中で、表現の自由の大切さを指摘した重みを深くかみしめたい。

 2019年の参院選期間中に当時の安倍晋三首相が札幌市で街頭演説をしていた時にやじを飛ばし、北海道警の警察官に排除された男女2人が道に慰謝料など損害賠償を求めた訴訟の判決があった。

 札幌地裁は排除の違法性を認め賠償を命じた。排除行為は憲法で保障される表現の自由を侵害したと指摘した。

 原告の男女2人は19年7月、JR札幌駅近くで街頭演説をしていた安倍首相に対し「安倍辞めろ」「増税反対」などとやじを飛ばし、警官らに取り囲まれ後方に移動させられた。1人は警官に長時間付きまとわれたりもした。

 争点となったのは、警察官による排除が、犯罪予防のため危険行為を制止できるなどと定めた警察官職務執行法の要件を満たしていたかどうかだ。

 被告の北海道は原告がほかの聴衆から危害を受けたり、ほかの聴衆に危害を加えたりする恐れがあったとして排除は適法だったと主張したが、判決は証拠として提出された動画などから違法と断じた。

 原告らが声を上げ始めた直後に排除されたのは「街頭演説の場にそぐわないと判断し、表現行為を制限しようとしたと推認される」とし、憲法が保障する表現の自由が「警察官らによって侵害された」とした。

 判決は当時対応に当たった警官の証言の信用性をことごとく否定し、排除を適法とされる範囲を超えた「暴力的なもの」と指弾した。

 判決が浮かび上がらせたのは市民の自由な言動に不当に圧力をかけようとする警察の姿と言っていいだろう。

 注目したいのは、判決がやじの内容について呼び捨てなど上品さには欠けるとしたものの、「公共的、政治的事項に関する表現行為」とし、「特に重要な憲法上の権利」として尊重されるべきだと指摘したことだ。

 警察の勝手な判断で有権者の政治的意思の表明に制限が加えられるようなことを許せば、民主主義の根幹である多様な言論が揺らぐ。

 物言えぬ空気が広がれば、国民不在の政治の横暴につながりかねない。

 今、そうした状況を象徴的に表しているのがウクライナへの侵攻を続けるロシアだろう。国内の反戦世論の高まりを押さえつけるために、メディアや国民に圧力を加える情報統制が行われている。

 権力に対する正当な批判や疑問の提示は、政治や社会が一つの方向に流れることに歯止めをかけ、その健全性やバランスを担保する役割がある。

 異論の排除が生み出す危うさに鋭敏でいたい。