待ちに待った吉報だ。実現までに長い時間を要しただけに、世界的な価値が認められた喜びはひとしおだ。佐渡市民、県民とともに分かち合いたい。
登録が決まったこれからがスタートだ。地域の宝に一段と磨きをかけ、「輝ける島」の価値と魅力を広く発信し、次世代につないでいきたい。
インド・ニューデリーで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は、日本が推薦していた「佐渡島(さど)の金山」を世界文化遺産に登録すると決めた。
ユネスコの諮問機関・国際記念物遺跡会議(イコモス)が6月に「登録」に次ぐ「情報照会」と勧告し、日本に追加説明を求めていたが、委員会で「登録」に格上げした。
国内で26件目の世界遺産だ。悲願達成を心から祝福したい。
佐渡島の金山は「相川鶴子(つるし)金銀山」と「西三川砂金山」の二つのエリアで構成する。
◆結実した長年の活動
島内での金生産は400年以上前に始まり、江戸幕府の下で生産システムが整備された。17世紀には量、質ともに世界最高水準を誇ったという。
採取から製錬までを手工業で行っていた時代の遺構が残るのは、世界的に例がないとされ、人力採掘の貴重な遺構だ。
イコモスは6月に、世界遺産としての価値を認めつつも、江戸時代より後の遺構が多く残る北沢地区の除外や、景観保全区域の拡張、商業採掘を再開しない約束などを求めていた。
これを受け、政府や県、佐渡市が指摘された課題の解消を急いだ。こうした積極的な動きも格上げにつながったのだろう。
地元で世界遺産登録に向けた活動が始まってからは、四半世紀余りがたつ。しかも順調とは言えない状況が続いてきた。
2021年に国の文化審議会が推薦候補に選定してからも、日韓関係に配慮した政府が一時、見送りを検討するなど、逆風が吹いた。22年に推薦書を提出するとユネスコに不備を指摘され、翌年の再提出となった。
金山が人類共通の遺産として保護するべきものだと認められたのは、関係者が諦めずに、地道な努力を重ねた成果だ。
登録に向けて鍵を握ったのは、世界遺産委で委員国の一員である韓国との交渉だった。
戦時中に朝鮮半島出身者の強制労働があったとして、韓国は登録に慎重な姿勢を示した。
韓国側は、15年の長崎市の端島(はしま)(通称・軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」の登録で、歴史の全体像を説明するとした日本側の措置が不十分だったという不信感が強かった。
今回、賛同に回ったのは、尹錫悦(ユンソンニョル)政権で日韓関係が改善したことに加え、日本が「全体の歴史」の展示や、全ての労働者のための追悼行事の実施などを表明したことが大きい。
遺産の価値を正しく理解してもらうためにも、日本は韓国と引き続き対話を重ね、向き合っていく姿勢が欠かせない。
◆活性化へ膨らむ期待
世界遺産となった金山には、国内外から多くの観光客が訪れるに違いない。佐渡市の魅力にひかれる人が増えるはずだ。地域の活性化に期待が膨らむ。
成否は、これからの取り組みによる。先行する他の世界遺産を参考にしていきたい。
1995年に世界遺産となった岐阜県の白川郷では、周辺道路の渋滞などで、住民の生活に支障が出る「オーバーツーリズム」が発生している。
佐渡でも金山のほか人気の観光地に、多数の人が押し寄せる可能性はある。交通手段が限られる島内では特に、移動手段の確保が心配されている。
佐渡市では両津港と相川地区を直結するライナーバスや、一般ドライバーが自家用車で乗客を輸送するライドシェアの運行が始まった。
人口減少や高齢化が進む中だが、知恵を絞り、ニーズに応えられる体制を整えたい。同時に、住民の安全確保には十分目配りしてもらいたい。
遺跡を後世につなぐには、保存が重要な課題になる。
むき出しの採掘跡が分かる金山のシンボル「道遊の割戸」をはじめ、自然の中にある遺構は風化が避けられない。
世界遺産としての価値が損なわれないように、保存管理には国も力を入れてほしい。
佐渡の活力が県全域の活性化に波及するように、県民総出で金山を盛り立てていきたい。