「政治とカネ」に端を発した逆風をはね返せず、追い込まれた形での退陣表明だ。政治不信を深めたことによる当然の帰結といえる。
政治の信頼回復は急務だ。そのために求められるのは、自民党が長年抱えるカネを巡る問題との決別だ。
岸田文雄首相が9月の自民党総裁選に立候補しないと表明した。派閥の政治資金パーティー裏金事件の責任を取る格好だ。
記者会見した岸田首相は、総裁選で自民が変わる姿を国民に示すことが必要だとし、「最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と強調した。
自身の手で党を変え、信頼を取り戻すのは無理だと認めたとも取れる。そうした政治状況をつくった首相の責任は重い。
派閥裏金事件を巡る首相の対応は後手に回り、ちぐはぐさも否めなかった。
裏金づくりの温床となった派閥の解散方針を打ち出したのはいいが、根回しが不十分で党内の不満を募らせた。
◆国民不在の政策転換
関与した議員39人を4月に処分したが、自身は処分しなかった。退陣表明会見で首相は「残されたのは自民党トップの責任だ」と語ったが、なぜ通常国会が終わってから2カ月近くもたつ今なのかも分からない。
政治倫理審査会への出席も命じず、真相究明に尽力したとは言い難い。事件を受けて成立させた改正政治資金規正法は「抜け穴」だらけと指摘される。
結果として内閣支持率は20%台に低迷し続けている。仮に総裁選で再選してもその先に待つ衆院選は困難が予想される。
「岸田首相では選挙を戦えない」という党内の声を抑えきれなくなった結果の退陣表明とみていいだろう。
2021年10月に発足した岸田内閣は、国の根幹に関わる政策を十分な議論を踏まずに、いともたやすく転換させた。
代表的なのは安全保障政策の転換だ。安保関連3文書を改定し、安倍晋三内閣など歴代政権が踏み切らなかった反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や、防衛費の大幅増を決めた。
原発政策もそうだ。エネルギーの安定供給や脱炭素社会実現を理由にして、東京電力福島第1原発事故後の依存度低減路線から、原発を最大限活用する方針に転換した。
安保、原発はともに国民の意見が二分される課題だ。それにもかかわらず国会での熟議を経ず、閣議などだけで事を決した。民主主義の原則を無視するもので、あってはならない。
銃撃され死去した安倍元首相の国葬も唐突に決め、他党の意見を聞くことはなかった。
強権的ではないが不誠実ともいえる首相の姿勢は、政治不信を広げた要因の一つであろう。
◆「政治とカネ」決別を
経済政策では、物価高騰対策としてガソリン代や電気代などの巨額の補助金を拠出した。ただ「バラマキ」との批判もあり、財政悪化を進めた。
「新しい資本主義」を掲げ、大幅な賃上げを実現させた。しかし物価の上昇には追い付かず、実質賃金は26カ月にわたってマイナスが続いた。
予断を許さない経済状況から、大目標である「デフレ脱却」はなお認定できていない。
政権の最重要課題とした北朝鮮による拉致問題は、進展がないままだった。
岸田首相の後任となる自民総裁候補は現状、本命不在の状況だ。誰がなろうとも、政治への信頼回復が使命となることは論をまたない。
そのために必要なのはまず、「政治とカネ」の問題を払拭する方策の提示だ。カネがかかる政治のありようを根本から見直す作業も必要となろう。
対処しなければならない課題は多い。本県はじめ地方の人口減少は深刻さを増している。
自民議員は「選挙に勝てる」という理由だけでなく、政策を実行できるかどうかという視点でリーダーを選ばなければならない。目指す国家像をしっかり提示できるかも問われる。
多くの派閥が解散方針を決めた中で迎える総裁選だ。派閥の論理で事が進み、派閥が事実上復活し旧態依然の党に戻ることはないか。国民は注視している。自覚してもらいたい。
9月には立憲民主党の代表選も行われる。政治に対する国民の厳しい視線は自民党だけでなく、野党にも向けられていることを忘れてはならない。