容疑の具体的な内容を説明しないままの逮捕や起訴は決して許されない。友好関係を損ない、経済活動を萎縮させる不透明な司法のありようを中国は直ちに是正すべきだ。日本政府には邦人の早期解放に尽力してもらいたい。
アステラス製薬の日本人男性社員が2023年3月に中国・北京で拘束された事件で、中国検察当局が男性をスパイ罪で起訴したことが明らかになった。
男性は同社の現地法人幹部を務めた50代で、中国滞在が計20年超のベテラン駐在員だ。昨年3月の帰国直前に拘束され、10月に国家安全当局が正式に逮捕していた。
問題は中国側が逮捕、起訴の具体的な理由を明らかにしていないことだ。拘束した際に中国外務省は「スパイ活動に従事し、刑法と反スパイ法に違反した疑い」としただけで、具体的に何をしたというのかは今も不明なままだ。
起訴時には「中国は法治国家であり、犯罪は法に基づき取り締まる」と説明したが、理由も明かさず外国人を拘束し続けるようでは法治国家とは言えまい。
中国の習近平指導部は政治や経済、文化などあらゆる分野で国家安全を重視し、外国人や外資系企業への監視を強化している。
国家統制強化に向けた法整備を進め、14年には国家の主権と安全を守るためとして反スパイ法を施行した。23年にはスパイ行為の定義を拡大するなどの法改正を行い、今年5月には改正国家秘密保護法を施行した。
日本外務省によると14年以降、邦人17人が拘束され、現在も5人が中国国内にとどめられている。
いずれも問題視された具体的な行動はほとんど明らかにされていない。そもそもスパイや機密情報などの定義も曖昧だ。
拘束や起訴、公判など全過程が秘密裏に進められ、手続きの不透明さは日本のみならず国際社会から批判を受けている。
こうした「チャイナリスク」が高まる中で目立つのは、中国に投資、進出する企業の減少だ。23年の外資企業による中国への直接投資は22年より8割も減った。
さらに今年7月には、スパイ摘発強化に向けスマートフォンやパソコンを検査する当局の権限を明確化する新規定が施行された。
日本企業の中には中国への出張者のスマホ持ち込みを規制したり、出張そのものを控えたりする動きも出ており、今後も日本企業の中国離れが進む可能性がある。
一方で中国経済は米国との対立や不動産不況を背景にした内需の不振が目立ち、低迷している。
経済のグローバル化が進む中、外国企業の経済活動を阻害していては成長は望めない。
強権的ともいえる規制の強化、不透明な司法が自らの首を絞めていることを中国は深刻に受け止めるべきだ。