救済を求め続けた長年の闘いに終止符を打たねばならない。潔白の証明に費やされた半世紀を超える時間はあまりに長く、過酷で、冤罪(えんざい)の罪は深い。
速やかに名誉を回復し、穏やかな日々を取り戻してもらいたい。検察には控訴せず、早急に無罪を確定するよう求めたい。
1966年に静岡県のみそ製造会社専務一家4人が殺害された事件の裁判をやり直す再審公判で、静岡地裁は26日、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さんに無罪を言い渡した。
戦後、死刑事件が再審で無罪となるのは5例目だ。
◆再審法の改正を早く
袴田さんは長期収容による拘禁症状が残り、再審公判は出廷を免除された。この日は自宅で支援者に「いいことがあった」と聞かされても表情を変えず、日課の散歩に出かけた。
袴田さんに代わり出廷した姉のひで子さんは「裁判長が無罪と言うのが神々しく聞こえた。涙が止まらなかった」と語った。やっと安堵(あんど)できただろう。
88歳の袴田さんと、91歳のひで子さんが負ってきた精神的、肉体的な苦痛は計り知れない。これからは一日でも長く、平穏な日常を過ごしてほしい。
再審判決は、確定判決が犯行着衣と認定し、最大の争点となった「5点の衣類」など検察側の証拠について「三つの捏造(ねつぞう)がある」と断じ、袴田さんは犯人とは認められないとした。
無罪の理由は明確だ。なぜ袴田さんの自由は奪われたのか。死刑執行の恐怖にさらされる事態を防げなかったのか。警察、検察、裁判所はそれぞれ反省し、検証してもらいたい。
袴田さんは80年に刑が確定する前から一貫して冤罪を訴え、81年に初めて再審を請求した。
2014年に静岡地裁が再審開始を決定したものの、検察の即時抗告などで覆され、再審公判が開かれるまでに9年以上を要した。再審請求開始から42年もかかっている。
袴田さんは初めて再審請求した際に、無罪につながる証拠が捜査機関にあるとみて開示を求めたが、刑事訴訟法は証拠開示について定めておらず、検察は応じなかった。
決め手になったのは、2008年に申し立てた第2次再審請求で、地裁の勧告を受けた検察が、取り調べの録音テープや血痕が付いた5点の衣類のカラー写真などを開示したことだ。
もっと早く証拠が開示されていれば、立証にこれほど時間はかからなかったはずだ。
最大の争点だった5点の衣類については、再審開始を認めた14年の静岡地裁と23年の東京高裁決定が、弁護団の鑑定を支持し、捜査機関が捏造した可能性が高いと指摘していた。
しかし、再審公判で検察側は新たに専門家による共同鑑定書を提出して袴田さんが犯行時に着ていた衣類だと主張し、再び死刑を求刑した。
再審判決は、5点の衣類は捜査機関が捏造したと、さらに踏み込んで断じた。衣類の一つであるズボンの端切れのほか、自白調書も「非人道的な取り調べで作成された」とした。
あくまで有罪立証に固執した検察の対応は理解し難い。
袴田さんは、長時間に及ぶ苛烈な取り調べで自白に追い込まれたが、問題のある取り調べは現在もなくなっていない。
刑事司法を巡る幅広い問題があることは明らかだ。
証拠開示のルール化や、審理の長期化につながる検察側による異議申し立ての見直しなど、再審を巡る法制度の改正を急がねばならない。
◆残りの人生「自由に」
袴田さんについて、ひで子さんは、残りの人生を「自由に、好きなように生きてもらいたい」と話す。同時に「巌だけが助かれば良いとは思っていない」と法改正の必要性を訴える。
法務省によると、今月9日時点で108人の確定死刑囚がおり、このうち51人が8月末時点で再審請求している。
その中に、袴田さんのように誤った判決が下された人がいる可能性は排除できず、再審請求に時間がかかれば、救済のスタートラインにも立てない。
死刑執行の恐怖にさらされるだけでなく、刑の執行後に冤罪だったと判明した場合には、取り返しがつかないことになる。
国会では3月に、速やかな再審制度改正を目指す超党派の議員連盟が発足した。
無罪判決を機に、法改正の動きを加速させねばならない。