家族同然の14歳の老犬は、よく眠る。犬も春になると眠くなるのだろうか。赤ちゃんのころに戻ったかのようだ。年齢のせいでもあるに違いない
▼一方の人間はと言えば、年を重ねるごとに深い眠りとは縁遠くなるような。「丸太のように」とか「泥のように」眠り、「ああ、よく寝た」と目覚める爽快な朝が懐かしい。加齢とともに、途中で目が覚めてしまうことや、浅い「レム睡眠」が増えるそうだ
▼そうなると昼間、眠ってはいけない時に睡魔に襲われる。せっかく行ったコンサートでうとうとし、音量が上がった途端、驚いて目を覚ましたこともある。奮発したチケット代がもったいない
▼言い訳のようだが、音楽の中には元々眠くなるようにと書かれた曲もある。バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は18世紀、不眠症に悩まされた伯爵の依頼で作られたと聞く
▼素朴なアリアが30ものバリエーションで演奏される。伯爵は、お抱えの鍵盤奏者ゴルトベルクに夜な夜な弾かせたという。ただ、子守歌のように聴くには激しい曲調の部分もあり、先述の逸話に疑問符をつける人もいる
▼寝付けない時は、犬の寝姿をうらやましく眺める。幸せとは、安眠のことかもしれない。攻撃の恐怖と隣り合わせで生きるウクライナの人々にとって、安眠などは夢のまた夢だろう。ゴルトベルク変奏曲は「眠れぬ夜を少しでも癒やしてくれるように」との思いで作られたという。なかなか眠りが訪れない夜は、かの地に思いをはせながら聴いてみようか。