民主主義の根幹をなす選挙の遊説中を狙った許すことができない犯行だ。多くの人が死傷した恐れもあった。被告は罪の重さをしっかりと受け止めてもらいたい。

 二度と起きてはならない事件だ。安全な環境で政治活動ができる社会をつくり、守っていくことが欠かせない。

 2023年4月に和歌山市で、岸田文雄首相(当時)の演説会場に爆発物を投げ込んだとして、岸田氏らに対する殺人未遂など五つの罪に問われた木村隆二被告の裁判員裁判の判決で、和歌山地裁は懲役10年を言い渡した。

 裁判長は、岸田氏らが死亡するかもしれないという未必的な殺意があったと認め「現職総理大臣を狙い、社会全体に与えた不安感は大きい」と、判決理由を述べた。

 民主主義の根幹である選挙の演説会場で危険な行為を決行し、選挙活動を妨害した点も軽視できない、とも指摘した。

 当然の判決だ。事件の9カ月前には、安倍晋三元首相が参院選の街頭演説中に銃撃されて亡くなり、社会に大きな衝撃を与えた。

 要人が容易に襲われることがないように、厳しく断罪することが求められた。

 被告が投げ入れた爆発物で、聴衆ら2人が軽傷を負ったため、弁護側は殺人未遂罪は成立せず、傷害罪にとどまると主張していた。

 しかし、爆発で壊れたふたの一部が、爆発地点から約60メートル先のコンテナの壁面に突き刺さるなど殺傷能力は十分あり、多くの人が犠牲になった可能性もある。

 被告の犯行動機は、選挙制度への不満だった。年齢制限などから参院選に立候補できなかった。

 過去に訴訟を起こして棄却され、交流サイト(SNS)にも投稿したが注目されず、「世間の注目を集めるため」に犯行に及んだという。あまりにも短絡的だ。

 ただ、動機と爆発物の投げ込みがどう結びつくのかは解明されないままだった。4回で終えた審理が妥当だったのか、検証が必要ではないだろうか。

 懸念されるのは、被告のように組織に属さず単独での犯行が相次いだことだ。ローンオフェンダーと呼ばれ、予兆することが難しい。安倍元首相銃撃事件の被告も、警察は把握していなかった。

 ローンオフェンダーとなり得る全ての人の行動やSNSを、警察が監視するのは限界がある。行き過ぎれば、監視社会にもつながりかねない。

 生きづらさを抱える人や、社会から孤立した人などを自治体が主体となって把握し、必要に応じ警察と協力することが重要だと指摘する識者もいる。

 ネットで知識を得て簡単に爆発物を製造でき、不特定多数が集まる場所での警備が難しくなっている。社会の安心を守るために知恵を絞っていかねばならない。