野生復帰が新たな段階へと進むことになる。能登半島地震からの復興を後押しする役割も担う。
佐渡が育んだ命だ。大いに翼を広げてもらいたい。
環境省が本州で初めてとなるトキの放鳥を石川県の能登地域で行う方針を決めた。2026年6月ごろを目指す。15~20羽程度の放鳥を続け定着を図る。
餌場となる水田環境などが「佐渡島と比較しても遜色ない」と環境省は評価した。
もともと能登地域は1970年に本州最後の1羽が捕獲された地だ。佐渡市で2008年に放鳥が始まってからも、たびたび飛来しており、生息の適地とみられる。
野生下のトキは570羽ほどにまで増えてきた。佐渡中心部に集中し、過密化などによる繁殖率の低下が問題となっている。
過密だと鳥インフルエンザなどの伝染病が一気に広がるリスクもあるだろう。
人との共生を後戻りさせぬために、生息域の分散と拡大が求められる。トキがすみやすい環境を広げることは、豊かな自然環境を取り戻すことにつながる。
課題はある。古くは水田の苗を踏み荒らす害鳥といわれた。餌となるドジョウやカエル、昆虫が生息できる農地を一層整える必要もある。周辺の農業関係者の理解を得なければならない。
佐渡の人々は、そうした困難と向き合ってここまできた。田んぼの生き物を守るために農薬や化学肥料の使用を減らしたり、冬も水を張ったりする農法などに取り組んできた。
容易ではない。そうした取り組みが能登半島地震で被災した地域の負担にならないよう、行政の目配りが欠かせない。
能登地域には、佐渡にはないイノシシ対策の電気柵や風力発電などがあることを心配する声もある。どう安全を確保するか、地域での広い議論が大切になる。
石川県は昨年6月に策定した復興プランに「トキが舞う能登の実現」を盛り込んだ。放鳥が、被災地を離れた人々がふるさとに戻る契機になることを願う人もいる。期待は大きい。
トキはかつて全国にいた。しかし03年、日本産は絶滅した。自然環境を顧みない経済成長の犠牲になった。絶滅からの歴史は、環境再生へのわたしたちの努力を問う年月だった。
被災地再生の象徴として力強く羽ばたいてくれることを願う。