数々のベストセラーを送り出してきた「本屋大賞」の枕ことばは「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」。この賞には「発掘部門」がある。今年は故吉村昭さんの「破船」が選ばれた

▼時代を超えて愛される本や、今読み返しても面白いと思う本を、担当の書店員が一人1冊選んだ結果という。初版は1982年。随分と過去の作品を掘り起こしてくれた。湯沢町を愛し、自ら選んだ町内の墓地で眠る本人も驚きだろう

▼近づく船を座礁させ積み荷を奪い取る。異様な風習で生き延びてきた、貧しい漁村が舞台。しかし今度の難破船が運んできたのは疫病だった-。推薦した書店員は「衝撃的です。なぜこれまで映画化されてこなかったのかが不思議なほど面白い」とコメントした

▼発掘部門が発表されたのは4月初めだが、タイトル「破船」は北海道・知床半島沖の観光船事故に重なるようで身震いがする。書店に並ぶ文庫本の帯には「超発掘本」の四文字が躍っている

▼吉村さんは数々の文学賞を受賞した。ただ、芥川賞には縁がなかった。佐渡を題材にした「石の微笑」で4度目の候補となったものの届かなかった。東京・下町の出身ながら、越後湯沢の温泉通りをこよなく愛し、足しげく通った。お気に入りのそば店は今も健在だ。店主によると偉ぶったところが全くなく、しばらくは職業が何か分からなかった

▼湯沢の墓碑には、自筆の「悠遠」の二文字が刻まれる。推敲(すいこう)を重ねた作品が後々まで残る願いを込めたという。

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