大正デモクラシーの立役者となった吉野作造が周囲と問答をした。吉野は、国はおにぎりに似ていると語る。何を芯にして一つになるか、そこが大切だ、と

▼芯とは何か。民族では? 吉野は「世界のどこを探しても純血な民族など存在しない。わが国もまたしかり」と言う。では言語は? 「スイスには三つも四つもちがうことばがあるのに、それでも一つの国だ」

▼日本を束ねているのは国家神道だという声も。「明治以前の日本は、国ではなかったのだろうか」「国家神道ができたのは明治になってからだが」。ではコメの文化が国の基では? 「カレーを食べるから、日本とインドを一つの国にしようとしてもムリだろうね」

▼民族、言語、宗教、文化。いずれも違う。ほかに何があるのか。「ここでともに生活しようという意志だな」「人びとのその意志と願いを文章にまとめたものが憲法なんだ」。以上、少し長めに引いたのは井上ひさしさん脚本の舞台「兄おとうと」の一場面だ

▼憲法学者の樋口陽一さんは、国を形成する国民について考える際に示唆に富むとして、このやりとりを著書で紹介している。芝居で吉野はこんなことも言う。「憲法とは、人びとから国家に向かって発せられた命令である」

▼国民の意志に反して暴走しないよう公権力を縛る側面が憲法にはある。その大切さはウクライナに侵攻したロシアを見るとよく分かる。わが国の憲法を論じる際に忘れてはならない点だ。現行憲法が施行されて75年となった。

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