利用者の悪質で理不尽な要求は、働く人の心身の健康を脅かす。就業者の尊厳を守る手だてを、企業だけでなく社会全体で整えていく必要がある。

 カスタマーハラスメント(カスハラ)防止を目指す条例が今月、東京、北海道、群馬の3都道県で施行された。

 利用者は働く人が対等であることを理解して言動に注意を払い、自治体は啓発に努めるといったそれぞれの責務を盛り込んだ。

 愛知、三重の2県も制定を決めるなど動きが出てきた。

 背景にはカスハラを社会問題とする認識が広がったことがある。全企業に対策を義務付ける労働施策総合推進法などの改正案も、国会に提出された。

 被害の訴えは多い。東京商工リサーチの2024年の調査では「直近1年間でカスハラを受けたことがある」と回答した企業は約2割に上った。放置は許されない。

 どのような行為がカスハラとされるのか。東京都の条例は「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義する。

 該当し得る具体例を盛ったガイドラインも設けた。「顧客」として住民や保護者などを想定し、就業者を長時間𠮟責(しっせき)する、わいせつな言動をする、交流サイト(SNS)で名指しで中傷するといった行為を例示した。

 正当な要求と迷惑行為の線引きは難しく、就業者側がカスハラ被害を訴える際の壁となっているとの声があるからだ。条例やガイドラインが、判断を支える基準として機能することが期待される。

 同時に、条例が「顧客等の権利を不当に侵害しない」としている点にも留意したい。正当なクレームは、サービス改善や商品開発の端緒ともなる。過剰な制限は社会にとってマイナスだ。

 3都道県の条例は罰則がなく、効果を疑問視する意見もある。

 踏み込んだのは三重県桑名市だ。弁護士や事業者らと協議して、警告後も十分な改善がない場合には、加害者の氏名を市のホームページで公表する条例を作った。抑止に向けた新たな取り組みとして注目される。

 本県は3月末、県職員へのカスハラに限った内容ではあるが、対処するための要綱とマニュアルを初めて作った。不安軽減や円滑な業務執行が狙いという。

 先行する自治体の条例や対処事例から学び、本県の地域性や産業構造に合った対策を強化していかねばならない。

 行政の窓口やスーパーのレジなど、暮らしのあらゆる場面でカスハラは起きている。

 誰もが加害者にも被害者にもなる恐れがある。法や条例での抑止を図りつつ、相手を尊重し工夫して要望を伝える努力が不可欠だ。