将棋の八大タイトルは現在、3人の棋士で占められている。記録ずくめの藤井聡太五冠と名人、棋王を譲れない渡辺明二冠。もう一人が29歳の永瀬拓矢王座だ。どっしり構える棋風が持ち味で長手数を厭(いと)わない。簡単に勝つ将棋は面白くないという
▼独特の感性に引かれるファンは多いが、小学生のころ不登校を経験した。勉強が理解できず、何でも比べようとする学校になじめない。「多数派の方が学校では尊重されるし、楽なんですよ。自分のような少数派はきつい」
▼授業が終わり、大好きな将棋道場へ向かって一目散に駆け出したいのだが、課題が終わっていないと居残りを命じられた。「自分にはこれしかないのに、なぜそれを奪ってまで嫌いな学校に縛られなくてはならないのか」。絶望の記憶は今も鮮明だ
▼少数派にとって理不尽な学校社会をしのげたのは「運が良かったから」ときっぱり言う。身もふたもないが、核心をついているのかもしれない。将棋を通したいくつかの運命的な出会いから道しるべを見つけた
▼だから「まず生きることが大切。人生をつないだ先にやりたいこと、生きがいがある」と訴える。学校だけが正解ではない。悲観せず、流れにもあらがわず息を潜めていれば、運はいつか巡ってくる
▼大型連休が終わる。不本意な進学やクラス替えに再び向き合わねばならず、あすからの登校をためらう子どももいるだろう。無理に歩き出さなくてもいい。じっと籠城し、反撃の機会を待つのも一つの生き方だ。