各国が利害を乗り越え、協調へと進んだことに意味がある。流行を阻止するには多国間協力が欠かせないからだ。一国主義に走る米国の歩み寄りを求めたい。
感染症の世界的大流行(パンデミック)への対応を定めた新たな国際ルール「パンデミック条約」の制定が確実となった。
世界保健機関(WHO)の加盟国による交渉会合で、条約案の合意に至った。5月中の総会で採択される見通しだ。
ワクチンの一部をWHOに提供し、公平な配分を目指す仕組みを明記した。ワクチンの囲い込みが起きた新型コロナウイルス禍の混乱を教訓としたものだ。
医薬品を製造する技術移転の促進や、対策に必要な資金の供与を途上国が受けられる仕組みの構築も盛り込まれた。
予防・治療の手段は途上国を含め分け隔てなく提供されるべきであり、こうした仕組みが整備されることは望ましい。
交渉は2022年2月に始まり、当初は昨年の採択を目指していた。技術移転などを巡り日本を含む先進国側と途上国側が対立し、見送られた経緯がある。
3年を超える交渉で合意にこぎつけたことを評価したい。国境を容易に越えてしまう感染症を食い止めるには、多くの国の一致した対応が欠かせない。
最大の懸案は米国が枠組みに加わっていないことだ。
トランプ米大統領が1月の就任時にWHO脱退を表明し、条約案に加盟国が合意した会合にも米国代表は出席しなかった。
拠出額が最大である米国の脱退が痛手であるのは間違いない。予算の大幅減少が見込まれることから、WHOは76ある部門を34に減らす案を加盟国に提示せざるを得なくなっている。
資金的な問題だけではない。国際公衆衛生で主導的な役割を果たしてきた米疾病対策センターの存在感低下も心配される。トランプ政権がWHOとの情報共有を絶つように指示したという。
公衆衛生に対する脅威を検知して対応する国際社会の能力低下が危惧される。
感染症対策に苦慮するアフリカなどの国々をいかに支えるか。米国不在の中、国際社会の結束が試されることになる。
新型ウイルス禍でワクチン製造を手がけたファイザーとモデルナが米国企業である点は心配の種だ。米国の批准がなければ、ワクチンの公平配分を盛り込んだ条約の効果がそがれる恐れがある。
新型ウイルスが700万人を超える人の命を奪ったことを忘れてはならない。WHOによる緊急事態宣言終了から2年になったが、混乱の影響が尾を引く。
次の感染禍への備えを強固にしなければならない。米国の賢明な判断を促したい。