干支(えと)は十干(じっかん)と十二支の組み合わせであり、60通りが一巡すると還暦となる。人間の還暦は干支が元に戻ったことを節目として祝うものだが、決着に至らぬまま一回りしてしまった問題を思えば暗然とする。きょうで新潟水俣病の公式確認から60年になった
▼今も患者認定を求めて申請や訴訟を続ける人の声に耳を澄ませたい。いくつもの司法判断が決着への道標を示してきたにもかかわらず、その場しのぎのような対応が続いて現在に至る。国の不作為が招いたと思わざるを得ない
▼既に多くの被害者と支援に奔走した何人もの弁護士や研究者らが、黄泉(よみ)に旅立った。あまりに長い年月を重ねるうちに、ついにと言うべきか、危うい言説が出回り始めている
▼新潟水俣病は虚構であり、レゾナック・ホールディングスと社名を変えた昭和電工による阿賀野川の水銀汚染は、ねつ造だとする主張がある。今春も新刊が売り出され、公立図書館の蔵書となっている
▼取るに足らぬと言い切れぬ時世である。SNSによる真偽不明の情報が、選挙に影響を及ぼす怖さを現に見ている。戦争を巡り、歴史修正につながる不遜な発言もはばからぬ国会議員がおり、決めつけで世界をかき回すような大国の大統領もいる
▼九州の水俣病が確認されながら、繰り返された新潟水俣病とは何だったのか。経済発展を優先した罪深さを後世に教訓として引き継ぐためにも、真摯(しんし)に被害の全貌を明らかにしなければならない。60年の節目に願うことは、そこに尽きる。