ある少年野球教室でのこと。「球がこうスッと来るだろ。そこをグーッと構えて、腰をガッとする。後はバッといってガーンと打つんだ」。ミスタープロ野球こと長嶋茂雄さんの言葉とされる。ある意味難解である。映像が残るわけでもないが、ありありと目に浮かぶ
▼巨人入団当時、背番号3を譲った先輩の千葉茂さんは「長嶋が入って、プロ野球はそれまでの白黒から天然色に変わった」と口にした。監督の水原茂さんは「あいつは太陽の申し子だよ」と評した
▼まさに落陽を思わせる。89歳。長嶋さんが亡くなった。存在感も技術も功績も特別な野球人であり続けた。現役引退から51年、脳梗塞で倒れてから21年。お疲れさまでした
▼なによりファンを熱狂させたのは、その勝負強さだ。初の天覧試合でのサヨナラ本塁打は語り草だが、計10度の皇族観覧試合で5割を超える打率を残した。日本シリーズでも通算3割4分を打つなど、大舞台ほど輝きを増した
▼自著「野球は人生そのものだ」の中で、普段の心がけを明かしている。就寝前に翌日の試合でチャンスに活躍する場面を緻密に空想していたという。天覧試合の前には、劇的な本塁打を予告する創作新聞を作っていたというから驚く
▼なぜ勝負所で打てるのか尋ねたアナウンサーの有働由美子さんには、こう答えていた。「僕にも分かんないけどね。まあ、たまたまそういうことが起きたわけでしょう」。大仰な語りとは無縁。言葉を超越した魅力が愛されてやまない人だった。