大抵の人はそうだと思うが、不意打ちに弱い。虫嫌いな人間の恐怖を想像してほしい。帰宅して明かりをつけ、部屋の壁に緑色の大きなバッタが張り付いているのを見たときは、しばらく動けなかった

▼昆虫写真家の海野(うんの)和男さんの作品を見て、虫に対する見方が変わった。海野さんは幼い頃から昆虫の生態に興味を抱き、半世紀以上も観察で国内外を飛び回った。虫たちが葉っぱや枝、石などになりきる擬態の写真集も数多く出している

▼写真を見ると、昆虫の神秘的な世界に引き込まれる。木の葉そっくりのコノハムシはみずみずしい青葉から枯れ落ちる寸前の茶色の葉、虫食い痕のある葉など、個体ごとに見せ方がまるで違う

▼普段は葉っぱのようでいて、びっくりすると鳥の目玉のような柄の羽を表に出すガや、腹部の先端が人面のように見えるトビナナフシもいる。ムシクソハムシは、名前の通り動物のふんにそっくりだ

▼擬態は遺伝子変異を繰り返した結果であることは分かっていても、これほどまで色や形を進化させてきた過程は解明されていない。海野さんは擬態に人が魅力を感じるのは「われわれの思考の中にそういった概念が存在するから」と指摘する

▼天敵の攻撃を避けるため目立たないようにたたずむ。いざとなれば、強くもないのに空威張りをしてみたり、死んだふりをしてみたり。確かに人間くさい。いや人間の方が昆虫くさいのかもしれない。思考を巡らせると、目の前を横切る虫さえもいじらしく思えてきた。

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