事件から39年が過ぎ、21歳で逮捕された青年は還暦を迎えた。既に殺人犯として服役を終えている。汚名をすすいでも、過ぎた時間は戻らない。再審で無罪とされた福井市の前川彰司さんに償う手だてが、果たしてあるか
▼45年前に死刑が確定した袴田巌さんに、再審無罪が言い渡されたのは昨年のこと。17日には滋賀の元看護助手の冤罪(えんざい)に賠償命令が下された。大川原化工機を巡る冤罪も記憶に新しい。単なるミスとは言えぬ、刑事司法に宿る悪弊を見る
▼厚労省の文書偽造事件の冤罪で2009年に逮捕された村木厚子さんは、著書「私は負けない」に記す。調書には話したことが反映されず、検事の筋書きが作文されていくさまが、いかに異様だったかを
▼「検察側に不利な証拠は隠そうとし、被告人に有利な証拠を封じようとした」「自分たちのストーリーと違えば一切無視し、自分たちの物語だけを守っていく。真実はどうあれ、裁判で勝つことだけが大事というのが彼らの行動原理」。厳しい指摘はドラマのせりふではない
▼前川さんの件では、証人の供述が矛盾することを捜査側は知りながら、黙殺していた。検察の抵抗で再審は請求から開始まで20年以上かかった。不条理を生む元凶がどこにあるか、もう見えているはず
▼前川さんの無念と怒りは察するにあまりある。同時に、被害者遺族の心情を思わずにいられない。今となっては、真相にたどり着く道がどこに、どのように、残されているか。冤罪の罪深さに言葉を失う。