1972年、日中国交正常化交渉のため北京に赴いた田中角栄首相は、宿舎で朝食に提供されたみそ汁に驚いた。いつも地元から取り寄せ、自宅でも愛用しているみそが使われていた
▼秘書だった早坂茂三さんが著書で紹介している。中国側は事前に首相の趣味嗜好(しこう)を微細に調べ上げていた。客人をとことんもてなす中国人の精神と同時に、中国政府の情報収集の徹底ぶりを物語る逸話だ
▼外交の舞台では首脳間の距離を縮めたり、対外的に成果をアピールしたりするために、各種の演出や仕掛けが施される。過去の日本外交を振り返ると、いくつかの場面がよみがえる
▼83年の日米首脳会談では、中曽根康弘首相が自身の山荘にレーガン大統領を招いた。そろいのちゃんちゃんこを着込み、ファーストネームで呼び合う「ロン・ヤス関係」で強固な両国関係をPRした
▼トップ2人が並んで釣り糸を垂らしたのは97年と98年の日ロ首脳会談。橋本龍太郎首相とエリツィン大統領がクラスノヤルスクと静岡県の川奈で交流を深めた。現在では考えられないような親密ぶりで、北方領土交渉の進展に期待が高まった
▼今回のバイデン米大統領の来日では、かつて大名屋敷だったレストランで岸田文雄首相との夕食会が開かれた。演出効果はどうだったろう。時に少々お気楽にも見える仕掛けは、緊張が高まる今の国際情勢にはそぐわないのかもしれない。もっとも、多少お気楽な演出が受け入れられるような情勢の方がありがたいのは間違いない。