門前払いの英訳に由来する「ドア・イン・ザ・フェース」は、行動心理学を用いた交渉テクニックとされる。過大な要求を突き付けて相手が断った後、譲歩したような提案をし、実は本命の交渉に当たる手法だという

▼最初に門前払いされるのは織り込み済みで、むしろそれがミソなのだ。相手は当初の要求を断ったことに少なからぬ心の負担を抱え、押し返して譲歩させたと思えば満足感が得られる。こうした心理も利用し、最終的に望む成果を手にする

▼まさに、取引外交を得意とする大統領の思惑通りだったかもしれない。米国の日本への「相互関税」は25%が撤回され、15%で合意した。日本による80兆円規模の対米投資を伴う。焦点の自動車も15%に引き下げられ、コメは既存の最低輸入量の枠が維持された

▼首相は他国と比較し「最大の引き下げ幅だ」と交渉成果に胸を張る。市場は好感し、株価は跳ね上がった。最悪の事態は回避され、経済の見通しが立つようになったことには安堵(あんど)する

▼とはいえ、一方的に関税引き上げを迫られ、無理やりのまされたことに変わりはない。トランプ氏は関税率「30%か35%」と口走るなど揺さぶりもかけてきていた。15%にどれだけ合理性があるかは分からない

▼急転直下を思わせる合意も何だかいぶかしい。参院選の大敗で政権がガタつく中、足元を見られるように出てきた妥結案に飛びついた、などと言えばひねくれすぎか。防衛費を巡る交渉も今後始まるだろう。夏なのに悪寒がする。

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