フランスの思想家ルネ・ジラールが唱えたスケープゴート理論なるものがある。緊張や対立を高めた社会は、特定の個人や集団を「身代わりの犠牲者」に仕立て上げ、集団で攻撃し、排除することにより、社会秩序を回復すると説いた

▼この理論を実証しているのかと思わせる。参院選で大敗した自民党内で巻き起こる「石破降ろし」のことだ。同僚議員や地方組織が結果責任を追及し、辞めろ辞めろとかまびすしい

▼首相に就任して以降、大型選挙でことごとく議席を減らしている。選挙の顔だった首相は無垢(むく)な「身代わり」とは言えず、矢面に立つのは当然だが、正論を掲げて首相退陣へ血道を上げる議員に鼻白む

▼国民の厳しい審判を受けたのは、自民党政治そのものだろう。石破首相が就任する前から、経年劣化と言えるゆがみは隠しきれなかった。裏金問題の核心もうやむやなまま、表紙を変えれば刷新できると考えているのなら、有権者をばかにしている

▼参院選では既存の政治が丸ごと問われた。自民党ばかりか公明党や共産党も議席を減らし、立憲民主党は改選前の議席維持にとどまった。夢を持てる未来を描きづらい鬱憤(うっぷん)が、なんだか可能性を感じさせる目新しい政党を押し上げたのではないか

▼若い世代の異議申し立ては政治家だけでなく、経済成長の恩恵を受けつつ結果的に今の格差社会を招いた世代に、発せられたとすら思えてくる。せめて足元に目を向けたい。スケープゴートを仕立てても、何も解決しそうにない。

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